個人のつぶやきごととして聞き流してください

しばらくほったらかしのブログですが、いちおう毎日の管理は怠っておりません。

相変わらず「関口知宏」で検索されることが多く、(どうやら「関口知宏BBS」でYahoo検索するとココが10件以内に表示されるようで・・・)でも関口さん関連の最新記事は昨年のものだし、私自身最新の情報も持ち合わせていませんので来られても期待できる内容もないので、関口ファンにはつまらないブログだろうなと思ってます。

ただ最近・・というかここ1ヶ月内非常にアクセス数が多くなったのでなぜかと思いネット上を流れてみると、ちょっとした騒ぎがファンの間であった様子。とてもデリケートなことなので触れていいものかどうか迷いましたが、ココを目にするファンもきっといると思いますので私個人の意見をちょっとだけ書いておきます。その結果傷ついてしまった人がいたらゴメンナサイ先に謝ります。

関口ファン以外の人もここを見てるのでざっと説明をしますが・・事の発端は彼がライブで紹介した本が、ある宗教関係者の著書であったためファンの心理が乱れたということと、公式BBSの書込みがちょっと乱れて騒ぎになったということが一連の騒動のもとのようです。

公式BBSは私も時々見てましたが、ちょっと怖かったですね。大好きを通り越してそこまでいったらストーカーじゃない?と思うような書込みから、関口さんとは何ら関係ない個人的な話題を延々書かれてたり、BBSとブログとメール・・そしてある意味裏側?(本音?)ともとれる大型掲示板を混同してしまっているネットマナーがわかっていない人がいて、本来のBBSの姿じゃあないよな~と思ってました。最近は落ち着いているようですが、なんかみんな遠慮しちゃってるような・・数年前に見かけたネームはほとんど見られなくなりましたね。関口ファンって心の優しい方達もたくさんいるのに、時々言葉のキツイ方もいて・・ちょとコワイなと正直思ってしまいました。

そして、関口さんと宗教疑惑。

私は彼のイベントに一度も行ったことがないし直接話を聞いたりということもないので、そういうことに否定も肯定もできませんが、他人に危害が及ぶものでなければ誰が何を信じようともそれはその人の自由だと思ってます。

人は時として精神的・肉体的に弱くなるときがあります。どこにも救いが求められなくなったとき目にした・・耳にした言葉に癒されたとしたらきっとそれを信じるだろうと思います。旅番組や講演で関口さんの言葉に救われたファンの方達がいるように・・。関口さん自身も癒された言葉があったのかもしれませんね。けれどそれが全てではなく、自分を救うのは結局自分自身だと言うことを目に見える現実の世界で知っていかなくてはなりません。国内外を旅して様々な人々と出会った関口さんですから、目に見えない世界ばかりを信じているわけじゃあないと思うんですよね・・きっと・・。

この騒ぎの中で、鉄道旅番組や講演会などで彼の言葉に癒されファンになっていって、この疑惑騒動でその言葉が宗教から来るものと思いショックを受けて遠ざかった人もいるようですが、私はそれほどに強い受け止め方はしていません。まあ・・それだけ熱心なファンでないのかもしれませんが、だからなのか・・冷静に見ているところがあって(メディアや著書からでしか見聞きしていませんが・・)彼の言う哲学的な言葉は理解にむずかしいと思ったりちょっと宗教の教えっぽいと思ったり、ん?そこはちょっと違うんじゃないかなと思うところも所々あって、彼が何かに影響されているとしても、やっぱそうなのかな~と思うくらいです。
けれど、関口さんが話をされる言葉の中にはハッと自分を気づかせてくれる何かがあるのも確かで、たとえその言葉がどこからか引用されてきた言葉だとしても、彼が話してくれたことでなにか大切なものを得たものもあるはずなのです。
どんな人が話された言葉であっても、自分の心に響いた内容の言葉であるならそれは自分にとって大切な言葉であって、宗教が嫌いだからと言ってその言葉まで否定してしまうのは違うような気がしてます。もし宗教と全く関係がない一般の人が会社のセミナーや自治体での講演会などでおんなじ事を話していたらどうですか?それは信じるのですか?
ショックを受けた方達は、信じていたものがウソだったと思われたのでしょうが、全てがウソだったんでしょうか?本当のウソの部分ってどこなんでしょう?きっと、その言葉で宗教の世界に引き込まれる恐怖が一番許せなかったのでしょうね。

でも、ひとつの疑いをもっただけでその人を色眼鏡で見てしまうと言うのは、なんとなく昔の地域差別・人種差別っぽいな~と思ってしまいました。(どんなに人柄がよくってもあの地域の出身の人だからお付合い遠慮しようかな~といった事みたいに・・)それはその人自身を見ることなく、先入観だけで排除してしまっているようなものだと思います。もし関口さんが何かを信じていたとしてもそれは一部分にしか過ぎず、その人なりを見ていることにはならない・・と思うのですが・・・

ファンの方達からは批判を受けそうですが・・・どんなに好きな人であっても一つや二つは嫌いな部分があるはずです。それは受け止める個々それぞれの好みによっても違うもので、これだけはどうしても許せないという範囲からこれは私の好みでない程度の範囲までいろいろで、その嫌いな部分と好きな部分があって人間は作られているのだと思うのですよ。
だから好きな人の嫌いなところが見えちゃったから嫌になったというのはその人の全てを見ていなかった・見られなかったからかな~と思ってしまうのです。(嫌いな部分の割合が大きすぎて受け入れられなくなったということもありますが・・)

宗教は信じない・・といっても、生まれたときはお宮参り、受験時は天神様、結婚式はキリストもしくは神前・仏前、死ぬときは神様・仏様。一生のウチにはどこかで宗教と関わり合いになるものです。日本各地のお祭りだって大元には宗教があって、昔から日本人は神を崇めながら日々の暮らしをしてきたのだと思います。
その「宗教」という言葉に違和感を感じる原因は・・生きている人間が神と成り上がっていってしまういわゆる新興宗教の存在。お金が絡んだり、犯罪まがいな行動を起こしてしまう団体が時として現れるため、宗教と聞いただけで遠ざけたいと思う人が多いのも確かだと思います。
イエス様もお釈迦様も天照大神も人々の語り継がれる中で神と称されただけであって、血の通った生身の人間が自分を神だと名乗ることなどありえないことなのです。生身の人間が神になることなど絶対ないことなのです。神を信じた万人が全て無病息災・幸せでいられるなんて言う神もあり得ません。神様は生きるヒントを教えてくれるだけ。幸せも成功も自分自身が自己責任で見つけていくしかないんです。

ひとくちに宗教といってもその種類はざまざま。その宗教によって自分自身や家族・生活まで支配されてしまうような(本人は支配とは思ってないのかもしれませんが)存在の信仰心だったらあまり深入りしないほうが・・・とは思いますが、お守りをもつ程度の心の支えとして信じているくらいの宗教心だったらアリかなと思ったりもします。

私はこの騒ぎがあった後でも「関口知宏」という人を嫌だとは思っていません。美味いものは美味い、不味いものは不味いと言う正直なところはウソではないだろうと思うから・・。何を信じていようともまだ自己を見失ってはいないだろうと思うから・・他のファンの方達のように熱心な活動はできないかもしれませんが、まだしばらくは「好き」でいられるような気がします。
最近ちょっと変わってきたという方もいるようですが、人は周りの環境や人間関係などによって時間の経過と共に変わっていくものでもあります。表面は変わっても心棒の部分が変わっていなければ(自分の好みであるならば)見捨てたりはしないだろうと思います。

スミマセン・・結局長々と・・

これが今の私の正直な気持ちです。異論もいろいろあるでしょうが・・一個人のつぶやきごととして見逃してください。

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関口知宏BBSで・・

そろそろなんか書かなきゃなあ~と思いながらサボってたここですが・・相変わらず「関口知宏」の検索で来られる方が多いので、ここいらでまたちょっと関係あるネタで・・・

公式掲示板に、毎週FMラジオで放送の番組「エコトレイン」をレポートしてくれるこまめでとても分り易い文章を書いてくれている方がいるのですが、今週のそのレポートに「蕎麦」の文字を発見。

ジャーナリストでもある四方洋さんがゲストで、蕎麦はエコになるという話らしく(詳しい内容は関口知宏BBSをご覧ください)、そば農家を名乗っていた私としてはウ~ン言いたいこといろいろあったんだけど、先日ここでヘタこいてしまった私・・ちょっと自粛しておりました。

でもやっぱりちょっと言いたいことがあったので、この自分のブログでお話しします。

蕎麦はエコという事を聞いて、蕎麦を作っている本人がエッと思ったのですが、要は休耕地に作物が作られ自給率が上がり、地産地消・・つまり輸送コストがないので燃料も使わず省エネ、しかも健康食ということなのですね。でも蕎麦に限らず、農業は緑を育てて水を循環させてもいるのである意味エコ的な職業なのですけどね。

蕎麦はもともと、お米や麦を作れないような山間地や乾いた土地でも栽培できる穀物として、米が不作で食べるものがないときにも短期間で栽培できる作物としてつくられ、ヒエやアワのように雑穀のなかまで、昔は粗末な食べ物でした。

でもそれが江戸時代屋台のそばとなり、そば切りとして江戸前で高級品になっていった(殿様も食べるようになりました)ために、いまでもお店によっては高級品っぽかったり、駅の立ち食い蕎麦のように手ごろな大衆の食べ物だったりします。蕎麦は高級料理と思っている方もいるようですが、それは都会の老舗蕎麦屋さんで食べるから。田舎に行ったら手ごろな値段で美味しい蕎麦を食べさせてくれるところはいくらでもありますよ。

ラジオでは休耕作物と言われてたそうですが、正確には米の代わりに作る代替作物です。休耕地に作ろうとしても湿地が苦手の蕎麦は水田地などには不向きだったりします。(最近は暗きょという排水設備がされてるので水田地でも作れますけどね。いまは減反政策のために作られているところもあります。)

自給率という話もありましたが、最近は国産への需要も出てきたり、自治体からの助成などもあって蕎麦栽培はちょっとずつ増えてきてはいるんですよ。ただやっぱり需要と供給、収入と支出のバランスが絡んでくるんですね。

近年、国産の蕎麦も見直されて、こだわりをもつお蕎麦屋さんは国産を使ってくださいますが、多くのそばを扱うお店では輸入品に頼っています。その理由の多くは価格の違いで、そば屋さんも採算性を考えるとそうせざるおえないのかもしれません。

じゃ、国産も安くしてあげたらと思うかもしれませんが、私達(農家)も最低限暮らしていける利益はあって欲しいのです。(私達はボランティアではないですから)種や資材代、燃料代などの経費を引いて赤字にならない値段を考えると、輸入品よりも高くなるのが現実です。これは蕎麦に限らず、他の作物でも言えることなんですけどね。

自給率が上がらない要因は、農業が大変という理由だけでなはいと私は思います。政府米が余剰気味とか、野菜が豊作で畑で廃棄というNEWSを皆さん目にしたことがあると思います。実際には余るくらい作られている作物もあるのです。お米などは消費によるものが多いですが、野菜などは価格が落ちるために廃棄するのです。一般消費者の方はえ?捨てるくらいならちょうだい!と思うかもしれませんが、一つの野菜を作るために農家は種や苗を買って、時にはビニールを使って育てたり、病気にならないように農薬を使ったり、出荷の時は袋や段ボール箱などの資材を使ったり輸送するのに燃料を使ったりします。その経費よりも出荷の値段が下がってしまうために、出荷すればするほど赤字が増えてくるのです。(しかもここに人件費は入りません)農家の人だって何も好きこのんで自分の育てた作物を捨てるようなことはしたくないですよ。でもタダであげてしまったら消費が減って更に価格が下がっていく。悪循環するのです。価格暴落を防ぐためにはこうするしかないのですよ。また自給率が低いと言われる麦や大豆などの穀類も、私達作る気持ちはあるのです。でも、粒が小さいとか色が悪いとか、実需者(買い取り側)が選り好みをするのと、海外物とのバランスで価格が下がっていくため、これもまた赤字経営に。(キロあたり数円にしかなりません)いいものを作れば買ってくれますよと言われても、限られた値段では経費もかけられないし、儲けがなければ作る気力は減退します。自給率は作る人と買う人・使う人・食べる人がいて、上がるものだと思います。それぞれがうまくいく循環が成り立たなければ、生産者だけが頑張ってもダメなような気がします。

それから、ラジオでは農村と都会の「二地域居住」して、定年したら農村に比重をおくという提案があったそうですが、かなりの気力とパワーがいると思います。専業農家の人が聞いたら、きっと農業なめんなよ~と言いたいかもしれませんね。

私達が相手にしているのは、動植物です。いのちです。自然です。毎日が同じではなく刻々と変化していくものですから、たまにのぞきに来るくらいでは少しの変化に気づけません。生長の度合いは目に見えるでしょうが、病気になったり生育が悪くても早く気づいてあげられないので、気づいたときには手遅れということもあります。まるで子供を育てているような感じですよね。それに自然は恵を与えてもくれますが、時として荒れ狂ってせっかく育てたものをめちゃめちゃにしてしまうこともあります。天候の状況を見ながら被害を防いであげる事もしなくてはなりません。考えていたよりもずっと簡単なことではないかもしれません。それに農業はじめるには(借地でも)土地を確保しなくてはならない、道具をそろえなくてはいけない。都会の人が農業始めるには準備の段階からいろいろと大変かもしれません。

そして農村生活では、都会では敬遠されていた隣近所のお付合いも大切です。郷に入らずば郷に従えということわざがあるように、そこに居住をかまえたならばそこのしきたりに習わなければなりません。最近TVで各県民の風習がクイズになるように、入ってみるといろんな習わしがあることに驚くこともあると思います。(農村育ちの私がすぐ隣町に嫁いできただけでも習慣の違いに驚いたことがあるのですから・・)冠婚葬祭から様々な行事など、都会では経験のない集会など多々あるかもしれません。初めは煩わしいと思うでしょう。でも地元の住民とお付合いすることで信頼関係も結べますし、もしもの時は助けてもらえるなど強い見方にもなっていきます。都会と田舎を年中行き来していたらこれが結構難しいかもしれません。田舎の人間はそう簡単によそ者を受け入れてはくれませんよ。そのかわり心開いて飛び込んでいけば、きっとみんなやさしく歓迎してくれるでしょう。(まあ、田舎でも口うるさかったり、ちょっと変わり者もいたりするので大変でしょうけど・・)田舎の人と接する、そのヒントは関口さんの列車の旅にもあるかもしれませんね。

ありゃ、なんか話題がタイトルとはだんだん違うものになっちゃったかな・・・

でもこれだけは言わせて・・

これだけ書くと、やっぱり農業は大変。あこがれだけじゃ農村生活できないな~と思われるかもしれません。でも、農業している私達は重労働とか苦労とか収入がなくて大変とかばかり思ってるわけじゃあないですよ。実際、重いものや力のいるところは機械がやってくれるところもあるし、関口さんが大室山ライブのブログで「手軽で便利で簡単」になっても幸せになれてないということをいってましたが、私達はそのおかげで重労働からは解放されてます。仕事も早く片づくので休養がとれます。手軽で便利で簡単がなかったら農家の女性達は救われなかったでしょう・・。

正直、私も農家に嫁いだときは「私は農業と結婚したんじゃあない」と思ってた時期もありました。でもこれまで続けてこられたのは大変な中にも楽しさがあったからです。いえ、大変だからこそ返ってくる喜び・楽しさも大きいのでしょうね。私達の仕事は会社のように与えられた仕事をこなすのではなく、自分たちで選んで、経験と工夫を駆使して自然と闘いながら皆さんの口に入るものを作りあげている仕事です。短期間で何作も作れる作物もありますが、ほとんどは年1作しか作れない、年に一度だけのチャンスをものに出来るかどうかの勝負事をしているようなものです。だから種を蒔くときはいつも、「今年もがんばろう」という気持ちで始め、手間をかけて、収穫したときに「やった~」という満足感が得られたときは何とも言えない気持ちになるのです。しかも外部から認められたらもっとうれしい。私達がカルビーで顔写真入りパッケージを作ってもらった時がまさにこの気持ちで、この喜びが味わいたいがためにまた来年も頑張ろうと作ってしまうわけです。それに、よく我が家に仕事に来る人達が言うことは、自然の中で大声出せるから気持ちいい、ストレス発散になる。どこの職場いっても人間関係や上下関係などでぎくしゃくしているもんだが、ここ(我が家)はそういったことがないのでほんとにホッとするということをいわれます。つまり開放感というか、自由さがきっと感じられるのでしょうね。苦労はあってもそれを越える喜びがあるから農業している人は続けられているのだと思います。

都会の人がいきなり田舎に行って農家なんか出来ないなと思うかもしれませんが、そんなことはありません。私ら農家の嫁はみんないきなり農家にやって来て仕事をしてるんですから。出来るかどうかは、本人の田舎の人と暮らしの中に入って本気でやっていこうという気持ちしだいです。ラジオでは「二地域居住」案が出ましたが、何も初めから農家にならなくても地元の農家で雇われ仕事をしながら、給料をもらいながら農業を勉強して、自信がついたら自分で農業するなり、そのまま給料もらいながら農業に携わっていくという選択も現実としてあることを私は言いたいです。

Westpotatoall3_2 今年の私達のポテチパッケージ用の写真を見てください。年配もいるけど若い人達もたくさんいるでしょう。みんな後継者や従業員達ですが、とってもいい顔しています。大変だけれども楽しみを見つけながら仕事をしている顔です。実際にこんなふうに頑張っている若者もいるわけで、決して悲観的なことばかりじゃないことを皆さん知ってください。

・・と。エコとは関係ない蕎麦と農業の話になってしまいましたが、以外と情報だけで農家の本音のところは知られてないようなのでほんの一部ですが書いてみました。なんかたまに書いたらえらく長文になってしまったな~

しっかし、BBSでレポート書いてる「なみこ」さんとやら。ほんとにマメで、言葉の表現もうまい方ですね。私なんかここ書くのに1日かけてるのに、彼女はその日のウチに書いてしまうんですから・・。私のこのブログなんかは見てないとは思いますが・・、ホントにご苦労様といいたいです。

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関口知宏クン偉大なり・・

6月以降、このブログを訪れる人が増えました。

アクセス解析を見ると私のHPから訪れる方も多いのですが、検索サイトから来られる方も多く、よく検索される言葉が「ポテトチップス」と「関口知宏」。特に「関口知宏」の言葉で見に来てくださる方がとっても多いです。

関口さんと言えば、いま中国鉄道の旅を進行中ですが、その影響もあるのでしょう。彼の情報を求めてここまで来てくださるのだろうとは思うのですが、ゴメンナサイ。私は6月に書いた記事以外にはそれほど彼については詳しくありませんし、まだお目にかかったことすらありません。

しかし、関口知宏BBSに最近顔・・いやコメントを出すようになってからは、私に興味をもってくれた方もいたのかもしれませんね。ほんのわずかですが交流の出来たファンもいます。私がネット環境を始めてからは、同業者や同年代等の方々が多かったのですが、一人の芸能人をテーマに集まる掲示板もまた違った雰囲気でいいです。当時はこんな掲示板なんかなかったけれど、なんとなく学生時代を思い出させてくれます。関口ファンは年齢層がとても幅広いのにそれを感じさせない雰囲気がこのBBSには感じました。何より皆さんの人柄がとってもいい。それは関口知宏という人物が引き寄せた繊細で温かいぬくもりをもった人達なのかも知れません。つまらないコメントにも誰かしかレスを入れてくれます。私が子宮筋腫で入院することを書き込んだら、たくさんの方に心配と激励をいただきました。まだ仲間入りして間もない私を友人のことのように気遣ってくれてとてもうれしかったです。ほんのささやかな気持ちで私達の写真入りポテチを送ったら、サイン会など行けぬ私のために関口さんの直筆サイン入り絵日記を送って下さった方がいます。これには感涙ものでした。

まったく知らない者どおし、不思議な縁となるのがこのネット社会ですが、改めてなんかいいなと思いました。中には犯罪やいじめのように悪意をもった関係が出来てしまう危険性も含んでいることも確かですが、こんなとてもいい出会いが出来るのもネットがあるおかげだし、本来はそういった目的で使われることが理想なのだと思います。

そんな中でとてもいい出会いのきっかけとなった「関口知宏」さんに感謝です!あなたに興味が湧いてこなかったらこんな出会いはなかったでしょう。このブログのアクセス数から見ても関口ファンは増加中のようです。まだまだ続く中国の旅も楽しみです。帰国後の彼の活躍に注目していきたいですね。

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関口知宏の中国鉄道大紀行

私が今一番ハマッテルTV番組です。

これは、俳優の関口知宏さんが中国全土の鉄道を一筆書きで最長約36,000kmを乗りつくしていこうという番組で、これを半分に分けて春と秋に旅しようと言うことでいま春編が放送されてます。それもあと1週間でゴール地の西安にいよいよたどり着きます。

もともとこのシリーズは、04年の日本JR路線を一筆書きで旅する最長片道切符の旅から始まり、全線乗りつくしから世界へと広がっていったものです。旅番組が好きな私は鉄道旅が始まると聞いて最長片道切符の頃からたまに見てましたが、はじめは全国旅が楽しみで見ていたのがいつしか旅人関口さん(せっきー)の飾らない人柄と多彩な才能に魅了されていきました。たぶんこの一連の旅番組を見てそう感じてファンになっていった人は多いと思います。

この関口知宏さんという人、言わずと知れたTV司会でおなじみの関口宏さんと西田佐知子さんのご子息です。デビューしたての頃はNHKの朝の連ドラに出てたり、私も好きだったあぶデカ(あぶない刑事:館ひろし・柴田恭平主演)の映画にも出てたのでちょっとは知ってました。歯磨き粉のCMにも出てましたね~。その後NHKの昼の番組「スタジオパークから・・・」で司会もしてたので気さくなおしゃべりをする人だな~とは思ってましたが、あくまで脇役に徹してたので本人の魅力まではわかりませんでした。ところがこの鉄旅をきっかけに関口さんが主役となり、そこで見せた旅人の素顔にビックリ。老若男女誰にでも気兼ねなく話しかけていく姿や言葉の端々に見え隠れする優しさ、毎日描く絵日記のすばらしさ、作曲という癒しを感じる旋律を作り上げる才能。いままでまったく知り得なかった彼の姿に驚きもあり尊敬もあり、何より素のまんまの人柄がとても好きになりました。

これまでの旅でもそうなんですが、関口さんはいわゆる有名な観光名所という所には行きたいという気持ちがそれほどなく、(かといって行かないわけではないですが)どちらかというとふらっと脇道に入り偶然起こりうる出会いとか出来事を楽しんでいるという感じが多いです。けれどもそれがとてもリアルで番組の中でとても輝くシーンにかわっていくのは、関口さんのなせる技なのでしょうか?関口さんはTV番組ということを考えながらも自分の行きたい方向や興味を抱いたもものへと進んで行ってるだけなのかもしれませんが、見ている私達には他の旅番組のような創られた旅ではなくドキュメンタリーを見ている感じでそれがまたこの番組の魅力になっているのかもしれません。二枚目俳優なのに寝起きの寝癖頭で登場したり、パンツ1枚になって海に飛び込んだり、子供達と本気で遊んだり、とにかくその行動が見てる私達を楽しませてくれていることは確かです。

今回の中国でもその期待にはずれることなく、関口流に旅中はいろんなことがあり、いろんな出会いがありました。これまで絵だとか作曲だとかの才能を見せてくれてましたが、今回はさらに「書」という才能も見せていただきました。また本人が短期留学の旅と言っているように、まったく話せなかった中国語もこれまでの旅の中でだいぶうまくなってきていますね。簡単な会話程度は出来るようです。旅前に今回は絵日記を書かない・・というようなことを言ってたのですが、結局また描いてるようです。出会っていく人々も個性的で・・けれどもホントに庶民的だったりスゴイ人だったりいろんな人達とのふれあいもまたこの旅の見所ともなりました。

私達が抱く中国の印象ってたぶんTVとかで見たり聞いたりすることだけで勝手に思い描いているところがあるようで、日本人としてはちょっと身構えしてしまうような印象も正直言ってありました。けれどもこの旅で出会う人々は日本人と何ら変わりないし、いい人達もたくさんいるんですね。新しい時代へと発展していこうとしている部分と古き時代のしきたりだとか伝統を大事にしている部分と、TVを通してそこで暮らす大陸の人々のすばらしさもこの番組では伝えてくれています。もちろん長い旅の間にはいろんな人や出来事もあり、番組的に映像に出来ないことも多少はあったのじゃあないかなとは思うのですが、でも正直な関口さんから受け取れる表情にはそれ以上に日本では得られない宝物を手にしたような感じが伺えます。

この冬研修で中国行った主人達の土産話でもいろいろ聞きましたが、見た目は一昔前の日本なんですよね。番組中、偶然出会った家族と墓参りに同行した関口さんですが、先祖の墓石前で爆竹をならし、いけにえのニワトリさんが生き物から食べ物に変わっていく姿を目の当たりにします。日本ではショッキングな場面といわれますが、現地の子供達はそれがごく当たり前にキャーでもなく目をそらすでもなく一部始終を見ているわけです。でもそれを一緒にちゃんと見ていた関口さんも偉いなと思いましたよ。そしてちゃんと理解していた。そう、一昔前の日本もそうでした。私達が子供の頃は田舎ではそれが当たり前でした。今は生き物と食べ物の境目をつくってしまったからか食べ物は命だと言うことが子供達には理解できないのかなと思いました。それがわからないから命の大切さがわからないのかなあ?

とにかく、そんないろんな場面を見せてくれるこの中国旅。関口さんのおかげで中国という国に少し興味がもてるようになりました。どんなことでも「知る」ということはその世界を広げてくれるものだとも感じました。日本にはないすごいことが世界にはあるし、世界を知ることで自分の国日本がどれだけすばらしいかもわかるのだと思います。

こうして毎日「せっきー」をTVで見ているせいか、このまえ変な夢を見ちゃいました。私はせっきーと一緒にスタッフのような仕事をしていて友人関係程度の仲なんですが、仕事中近寄ったはずみに思わずKissをしてしまったのです。{乙女漫画チック}しかもKissしながら(主人にゴメンナサイ!でも主人も好きだしどっちも好きだしどうしよう~~)て考えてるんです。な~んでこんな夢見ちゃったのか今でも不思議です。だって、今までそういう対象でせっきーを見てはいなかったんだけどな~~潜在意識か・・それが私の正直な気持ちだったのか・・(ちょっとした浮気心?!)以来TV見てるのがなんか気恥ずかしくなっちゃいました。年甲斐もなく久しぶりにドキドキ感を味わってます。でも本人に会うことは絶対ないでしょうから気絶することはないですね。まあちょっと気が向いて我が家の芋掘りやそば打ち体験なんか来てくれたらうれしいな~とは思いますが、まあそんなことは一生涯ないでしょう。せめてHPくらい見てくれてたらいいんだけど~~・・(o^^o)

最後にしまりない発言で申し訳ありません。

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